カテゴリー別アーカイブ: 後継者の覚悟

ウルトラマラソンで考える社長の年齢と事業承継

後継者の学校パートナーの中小企業診断士岡部眞明です。

先日、岩手県で開催された「岩手銀河100㎞チャレンジマラソン」に参加しました。結果は二年ぶりの完走。

制限時間14時間ぎりぎりの13時間31分1秒の817位、60代男性の部83位という成績でした。

今年は、強い風が吹き、時より雨も混じる寒いコンデションでしたが、そのコンデションが功を奏したのか、完走者が例年よりずいぶん多かったようです。(参加者は、約2,500人位?)

この大会は、このところ毎年参加していますが、今回は4回目です。完走できたのは今回を含めて2回目、完走率は50%。これをどう見るか?私個人のことはこれくらいにして、私の成績から見えてく、元気な高齢者の姿です。

私は、制限時間まで30分しか残っていない、ほぼビリ(完走を報告した電話での女房の第一声です)の順位です。

私の順位から全完走者数を840人、60歳以上を90人と推定することにします。完走者のうち60歳以上の割合は10.7%です。

日本全体の60歳以上の割合は、33.0%(総務省統計局ホームページ「日本の統計」から筆者計算)と比べると少なく見えますが、若い人に混じって、10人に一人は60歳以上の人が100㎞の距離を走りきったのですから、高齢者(統計上は65歳以上ですが)パワーに改めて脱帽といったところでしょうか。

ところで、日本の社長の平均年齢は、上昇を続け2016年では、61.19歳、年齢分布では70代以上が全体の24.12%で増加傾向(60代社長の割合は減少傾向)ということです。

(「2016年全国社長の年齢調査」(株)東京商工リサーチホームページより)

この二つからは、60代になっても体力的にも元気で、70代になってもまだまだ頑張っている日本の社長の元気な姿が見えてきます。

なるほど、事業承継が進まないはずですね。

「元気で頑張っているんだからいいことじゃないですか。」

もちろん、そのとおりです。でも、事業承継について、一般的に言われているように、「とにかくきちんと、サラリーマンが定年退職する年齢までには、事業承継を考えないとダメ、無責任」とまでは言わなくてもいいのではないでしょうか、とも言えそうです。だって、元気なんですから、100㎞完走するくらい。

私が出場した大会が開催されたのは、6月11日、一月前です。筋肉痛が回復し、トレーニングを開始できたのが2週間後、足のマメが何とか治ったのは昨日です。(なので、ブログを書く気力も回復したのでしょう)

私の40代の100キロマラソン所要時間は8時間、表彰台には駆け上がるほどで、筋肉痛はありませんでしたし、休養も自分へのご褒美としての1週間だけでした。

確実に、落ちているのです、体力も気力も。でも、世間で言われていることに合わせる必要はありません。

61.19歳社長の体力は、100㎞完走する人と同じくらいあるのです。しかし、落ちてきていることも認めなければなりません。統計の社長のように70歳代になだれ込むのではなく、今から、じっくり進めればいいのです。

自分の人生、自分の会社なのですからね。でも、自分の会社は、ずーっと続いてほしいですよね。自分らしく、しっかり続いてくれるように、今からでも遅くありません。

始めましょう、事業承継。自分らしく。

後継者の学校
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【後継者の事例】事業承継の準備をしないで経営者になってしまった後継者

株式会社T食品工業
売上高20億円、従業員50名
*関連会社あり

田中正(父)65歳:代表取締役会長
田中一郎(兄)40歳:代表取締役社長 ※後継者
田中次郎(弟)35歳:従業員
田中勝(叔父)60歳:取締役営業部長

 

加工食品の製造、販売を業とする株式会社T食品加工の後継者,田中一郎さんは、3年前に代表取締役社長に就任しました。ただ,その際同時に,父で前社長の田中正さんが、代表取締役会長に就いたため、実質的な経営権は父の正さんが握ったままで,一郎さんが経営者として意思決定することはあまりありませんでした。

でも,一郎さんは、それでもよかったのです。
自分が経営する自信はなかったし、むしろ、まだ元気な父が経営をしてくれるなら、自分は何もしないでよいと思い。気が楽になっていました。

一郎さんは、後継者の時、銀行が主催する後継者塾に200万円を出して通ったことがありました。ですが,今となっては何を勉強したのか、まったく残っていなかったので、経営することに対してはよくわからず、受け身だったのです。

そんなある日、父で会長の正さんが突然倒れました・・・。
幸い、命に別状はありませんでしたが、長期入院をすることになってしまいました。

病室のベッドの上で父である正さんは、一郎さんに告げました。
「おれはもう経営することはできない。お前も、もう社長なのだから自分で経営をはじめてくれ。」
といって、印鑑と通帳を渡したのです。
「え・・・」
突然の申し出に、言葉を失ったのですが、少しして気を取り直し、
「今、おれがやらなければだれがやるんだ!」と、
ふつふつと「親父の代わりに、やってやる!」という気持ちが
湧きあがってきました!

しかし・・・実は、そこから地獄の日々が始まったのでした・・・。

次の日、一郎さんが会社に行くと,従業員はみんな,会長の事情を知っていて、全体的に重い空気になっていました。

「これからは、おれがしっかりしないといけない。おれがみんなをひっぱるんだ!」
そう思い、一郎さんは気持ちを高めて、全従業員を集めて話をしました。

「親父が倒れたことは、みんな知っていると思う。
これからはおれが経営者となって、この会社を導いていこうと思います。みなさんよろしくお願いします。」

従業員はみんな,一郎さんの話を聞いていましたが、だれも反応しませんでした。
いえ、反応できなかったのでしょう。一郎さんは,従業員の目が,期待ではなく、不安に溢れているように感じました。

夕方になり、3人の社員が一郎さんのもとを訪ねました。

(従業員)「こんな時に申し訳ないが、やめさせてほしい。」
(一郎)「え、なんで?」
(従業員)「俺たちは、会長に育てられて、会長に恩義があるから今までやってきたが、一郎さんの経営についていくつもりはない。」

一郎さんは、従業員との信頼関係を作るためのコミュニケーションをほとんどしていなかったので、こんなときに引き留めるすべを知りませんでした・・・。結果、引き留めも虚しく、3人は辞めていきました。

また、一郎さんは、決算書を見たことはありますが、財務のことはよくわからず、会長と経理担当に任せていました。
しかし,経営するためには、財務を知らないといけないだろうと思い、一郎さんは,経理担当に
「会社の財務について教えてほしい!」
と相談をしましたが、帰ってきた返事は、
「一郎さんは、財務なんてみなくても大丈夫です!自分がちゃんとやってますから!財務状態も良好ですし!」
といったものでした。
それを聞いて少し安心したのですが、なにか違和感も感じた一郎さん。友達である税理士の山田さんに当社の財務状態を確認してほしいと相談をしました。

そして,なんとか情報をかき集め、山田さんに確認をしてもらうと,その結果、
「複数の会社を経由する取引等をしていて、実際の財務状態が見えにくい状態になっている。情報が足りないので定かではないが、もしかしたら実質的には赤字かもしれない。また、もしかしたらだれかが横領しているかも・・・」
ということが判明したのです。

一郎さんは、自分は社長だったのに何も知らなかったと反省するとともに、でもそれを知って、経営者としてどうすればいいんだろう・・・とさらに頭を悩ませてしまいました。

このように,蓋を空けてみると,事業自体はうまくいっていなかったのです。食品加工の現場には日々出向き、関わっていたのに、うまくいっていなかったなんて、一郎さんはまったく知りませんでした・・・。

事業を立て直さなければ・・・・・でも、経営者として何をすればよいのだろう・・・。

一郎さんは、事業が赤字、財務状態は不明確、しかも人が辞めていく,という状態で、
それでも、なんとか会社を復活させなければ!と、寝ずに1から勉強をしたり、さまざまな人に相談したりして、苦しみながら必死に経営して、もがきました。

しかし、やることすべてが裏目にでていくのです。

専門家とともに新たな評価制度を導入し,従業員のモチベーションアップと働き方改善を試みましたが、逆に従業員から信用を無くすことになりました。

このように一郎さんは、専門家に相談していたし、経営の勉強もしていたので、経営のための知識はなんとか得ていましたが、「後継者が経営する」ということがどういうことかまったくわかっていなかったのです。

・・・・それから、2年ほど経ち、苦しみもがきながらも、なんとなく経営者としてやるべきことが見えてきたころ、父親である正さんの容態が急変し、他界しました。

母親は亡くなっていたため、相続は弟の次郎さんと一郎さんの二人で行なうことになりました。そして,生前父から仲良くするようにと言われていたので、二人は,遺産分割において会社の株式を等分するということになり、その結果,父の保有していた800株(80%)を、一郎さんが400株(40%)、次郎さんが400株(40%)で相続することになりました。
ちなみに、のこりの20%の200株は、叔父で取締役営業部長の田中勝さんがもっていました。

正さんの御葬式が終わり,相続関係の処理も終わったある日、弟の次郎と叔父が社長室にやってきて、こう告げました。
(次郎)「一郎さんの経営では会社がつぶれてしまうので、これからは俺がやるから」

(一郎)「?!。どういうこと?」

(次郎)「叔父さんと俺とで60%の株式を所有しているから、取締役を解任できるんだ。兄さんには辞めてもらうよ。」

(一郎)「!!!!!!」

一郎さんは,株式について何も知りませんでした。当たり前に相続時に二郎さんと半半にしていたのです。言うまでもなく,叔父さんの持分など頭にはありませんでした。

兄弟だから、親族だからと安心して、信用していましたが,気がついたときには時既に遅し。いままで寝ずにもがいてきた努力も水の泡、一郎さんはくやしさがこみ上げてきましたが、どうすることもできませんでした。

一郎さんはこれまでを振り返り,経営者として何も知らなかったこと、そして経営者になるまでに何の準備もしていなかったことを、深く深く後悔したのです。
これから、どう生きていけばいいんだろう・・・。

 

この事例の失敗したポイントは、こちらのコラムで解説をご覧ください。

【コラム】後継者が経営者になる準備をしていないと、会社をつぶす!?

 

歴史に学ぶ後継者経営 徳川家康の軌跡②

「不遇のときに、後継者は何をすべきでしょうか」

私主に日本の歴史から後継者経営に学べる題材をとって、皆さんと一緒に後継者経営を考えて参りたいと思います。

今回からは、江戸幕府を開いた徳川家康の生涯から、後継者としての生き様のヒントが得られないか、皆さんとみて参りたいと思います。

その1回目は、不遇であるときに、後継者は何をしたらいいのだろうか、それを家康の人生から考えて参ります。

 

後継者の皆様

 

後継者の学校パートナーで、日本の歴史を愛する石橋治朗です。

 

私は主として日本の歴史から題材をとって、事業承継や後継者経営のありかたを皆さんと考えていきたいと思っています。

なおこのブログは全て、歴史に関する考え方については全くの私見であることを、あらかじめお断りしておきます。

 

「後継者」とは、時と場合によっては、会社の中で中途半端な立場におかれて肩身が狭かったり、あるいは事業承継と言ってもなにをしたらいいのかわからない、というもどかしい気持ちでモヤモヤしていることがあったりするかもしれませんね。

 

まだ社長でもないし、かといって普通の社員とも違います。

将来、会社の社長になる予定の社員、と言えばいいのでしょうか。

考えれば考えるほど、モヤモヤしませんか?

 

でも、いつかは「その日」、会社を継いで社長として経営をしなければならない日は来るのです。

たとえ中途半端であっても、モヤモヤしていても、準備はしておく必要はあります。

そして、どんな状況であっても、その気さえあれば、やる気さえあれば、準備はできるのです。

現に、徳川家康はそれをやりました。

 

東海道新幹線の「のぞみ」に東京から乗車して、まもなく名古屋駅に到着するときに、必ず流れるアナウンスがあります。

 

「ただいま、三河安城駅を通過いたしました。定刻通り運行しております。まもなく、名古屋駅に到着します」

徳川家、かつての松平家の発祥の地は、この三河安城駅の近辺で、かつて「安祥」と呼ばれていたところです。

 

しかし、松平元康、後の徳川家康が生まれたときは、松平家にとって一大危機の時でした。

家康の祖父である松平清康は、優れた武将として領土を拡大しますが、戦いのさなかで部下に裏切られ25歳で急死し、その嫡男(息子)、つまり家康の父である松平広忠は、駿河国と遠江国(ほぼ静岡県にあたります)の大名であった今川義元を頼ります。

いわば、伸び盛りのベンチャー企業が、社長の急死によって老舗の会社の子会社になったようなものですね。

 

父の松平広忠も24歳で病死してしまい、まだ幼かった6歳の徳川家康は人質として今川家の本拠である駿府城(今の静岡市)に預けられてしまいました。

人質として駿府城では大事に扱われたものの、外出も自由にできず、常に周囲の監視の下にあったわけで、いわば「籠(かご)の中の鳥」みたいなものですね。

これ以上に、半端な環境というのもないように思います。

普通なら、その環境に絶望して、投げやりになったり、無気力になったりしてもおかしくはありません。

 

しかし、家康は違いました。

自分が人質に取られているおかげで、三河国の家臣たちは過酷な戦争にかり出されて命を落とし、あるいは今川家に自分たちの収穫を取り上げられて、貧しい生活を強いられているという噂を聞いていました。

自分は武将としてしっかりと成長して、いつか国許に帰って松平家を承継し、家臣たちのリーダーとして彼らを守らなければならない。

周りがどのような環境であっても、そういう自覚をしっかりと持っていました。

いや、持たざるを得なかった、というべきかもしれません。

 

優れたリーダーになるために、自分にできることはなんでもしなければならない。

しかし、行動の自由を奪われた家康にできることは、当然のことながら限られています。

今、自分にできることは何だろうか。

それは、身の回りにいる優れた人から「学ぶ」ことでした。

 

当時、今川義元の政治と軍事の右腕を務めていた、太原雪斎という今川家の重臣がいました。太原雪斎は、詩歌に詳しい教養人であると同時に、政治、経済、軍事、外交に明るい、いわゆる「軍師」のような存在でした。

世にも名高い「今川・武田・北条の三国同盟」をまとめたのも、太原雪斎です。

 

徳川家康は、太原雪斎を師として仰ぎ、リーダーになるための学問を授けてもらいます。太原雪斎も、家康の優れた資質を買っており、かつ熱心な学びの姿勢に心打たれ、行く末は今川家の頼もしい同盟者となってもらうべく、厳しく教育しました。決して長くない期間であったものの、家康は大名になるための基礎を太原雪斎からじかにたたき込まれました。

 

また、今川義元は、織田信長に討たれたために決して評価が高くない武将ですが、「今川仮名目録」という国を治めるための法律が残っているように、優れた統治力を持っていました。

徳川家康もその影響を受け、後に自らもしっかりとした法律に基づいた政治を行うようになります。

 

今川義元と太原雪斎。人質でありながら、徳川家康は彼らから大名として生きていくための手ほどきを受け、後に独立した時にそれを見事に生かしていくことになります。

 

また、家康の優れた人から学ぼうとする姿勢は、終生変わることはありませんでした。後に同盟を組むことになる織田信長や豊臣秀吉、あるいは若い家康にとって強大な敵であった武田信玄からも、そのいいところを必死になって取り入れようと努力しました。

 

徳川家康は、人一倍素直であるという優れた資質はありましたが、決して天才的な人物ではありませんでした。かつ人生のスタートは人質という、極めて不遇な環境でした。

しかし、周りの優れた人たち、時には家臣からも、必死になって学んでいくことで、彼は三河の田舎領主から天下人へと登り詰めていったのです。

 

後継者の皆さん!もし、不遇であると思うならば、あるいはなにをしたらいいのかわからないならば、それが「学ぶ」に一番いいときなのかもしれません。

ただし、「学び」はその内容も重要です。事業承継を学びたいと思っていらっしゃるのであれば、後継者の学校は最適な学びの場であると自負しております。

 

事業を継ぐために何を学んだらいいんだろう、何をしたらいいんだろうか、と思う人は、後継者インタビュー(無料)を受けてみて下さい。時間はそれほどかかりません。だいたい、30分~1時間ほどです。

ご自分の事業承継の「現在」が整理され、すっきりすると好評です。お気軽にお問い合わせいただければと思います。

 

また、後継者の学校の入門講座では「事業承継の本質」についてわかりやすくお伝えしております。学校はまだかな~と思う人でも、無料ですのでお気軽に出席してみてください。

 

後継者の学校

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歴史に学ぶ後継者経営 徳川家康の軌跡

私主に日本の歴史から後継者経営に学べる題材をとって、皆さんと一緒に後継者経営を考えて参りたいと思います。今回からは、江戸幕府を開いた徳川家康の生涯から、後継者としての生き様のヒントが得られないか、皆さんとみて参りたいと思います。

 

後継者の皆様

 

後継者の学校パートナーで、日本の歴史を愛する石橋治朗です。

 

私は主として日本の歴史から題材をとって、事業承継や後継者経営のありかたを皆さんと考えていきたいと思っています。

 

なおこのブログは全て、歴史に関する考え方については全くの私見であることを、あらかじめお断りしておきます。

 

前回まで、関ヶ原の戦いの主人公の一人であった石田三成を見て参りましたが、今回からはもう一人の主人公である徳川家康の生き方を紹介して参りたいと思います。

 

徳川家康。

 

戦国時代を終わらせて260年以上に及ぶ江戸の泰平の世をもたらした、織田信長、豊臣秀吉に続く戦国ビッグ3の一人ですね。

そんな凄い人から、後継者が学ぶことなんてあるのだろうか、とひるむ方もいらっしゃるかもしれません。

うむ、確かに。

書いている私も、「徳川家康か…ちょっと、大きく出てしまったなあ」と、ひるむ心があります。

あるいは、信長や秀吉に比べて、地味すぎて面白くない、と思われる方もいらっしゃるかもしれません。

確かに、その二人が派手なので、比較すると家康は地味ですね。この頃は、大河ドラマでも脇役ばかりです。

 

でも、ひるむ方には、徳川家康も後継者だったし、秀吉はともかくとして、現代の起業家に神のようにあがめられている織田信長だって、もともとは後継者だったんだよ、と申し上げたいと思います。このブログでも、以前に取り上げたことがありますね。二人とも、確かに創業者としての一面を持っているけれど、最初は後継者としてキャリアを始めているのです。

 

また、後継者というのは、実は様々な要素、側面を持っているのです。創業者(先代)が健在の時は部下であるとともに後継者であり、事業を承継した後は経営者であり、新しい事業を始めたら創業者にもなるわけです。そう考えると、実は後継者は事業承継だけ学べば足りるわけではありません。経営のやり方も、アントレプレナーシップ(起業)も、学ぶことは必要です。

 

徳川家康の生涯は、地味ではあるけれど、今川義元の人質から始まり、長く今川、織田、豊臣の家臣や同盟者を経て、最後に天下人となるという、大変に複雑で紆余曲折を経た人生なので、一見すると派手な信長や秀吉よりも、参考になるヒントは多いんじゃないか、と私は思っています。

 

そんな徳川家康の人生を、現代の経営者で表現すると、下記のようになるのではないかと考えます。

 

「散々に親会社にこき使われてきた子会社が、親会社の内紛に乗じてM&Aで事業を乗っ取り、天下人となった」

 

あるいは、家康が遺したと伝えられている、下記の遺訓(格言)が一般的には知られていますね。

「人の一生は重荷を負うて遠き道を行くがごとし」

 

これは、実は徳川家康が遺した言葉ではないようですが、家康の人生を表すにふさわしいので、遺訓として言い伝えられているようです。私も、そのように思います。

 

とはいえ、これから皆さんと見ていくうちにご理解いただけると思うのですが、決して家康は「重荷」をイヤイヤ背負っていたわけではないんです。むしろ、重荷を背負うことで自分を鍛える喜びさえ感じていたように思います。重荷を背負わされているとストレスがたまる一方ですが、重荷を背負うことで自らを鍛えているのであれば、自分の足腰が強くなっていく楽しみがありますよね。

 

歴史に名を残すような人たちは、おそらく自らが背負わされたマイナスの「宿命」を、そのように前向きに受け入れることで、自分の「運命」を切り開く原動力に変えているのではないでしょうか。

 

では次回から、徳川家康がこの世に生まれ落ちたときに、どのような「宿命」「重荷」を背負わされていたか、まずはそこから始めたいと思います。

 

ブログを読んで興味をお持ちの方がいらっしゃいましたら、是非後継者の学校の説明会にご参加下さい。

その前に、まず後継者インタビュー(無料)を受けてみて下さい。時間はそれほどかかりません。だいたい、30分~1時間ほどです。

事業承継に関する自身の悩みが整理され、すっきりすると好評です。お気軽にお問い合わせいただければと思います。

 

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後継者育成のジレンマ

こんにちは。後継者の学校の大川原です。
あるデータでは、事業承継で苦労したことは断トツ1位で「後継者育成」と出ていました。
なぜ、後継者育成が一番苦労したことなんでしょうか?

 

”事業承継”で一番苦労したことは、「後継者育成」と言っている経営者が6割という集計データが帝国データバンクが行ったアンケートの結果としてありました。

 

ちなみにそのデータの第2位が「事業の将来性」3割、第3位が「従業員の理解」3割弱でした。
実に倍の数値で、「後継者育成」に苦労した方が多いということです。

 

どうして、「後継者育成」がダントツで苦労したことに挙げられているのでしょうか?

 

その答えのポイントとして、「経営者が後継者を育てるのは初めて」ということがあるのではないでしょうか。

 

第2位の「事業の将来性」も第3位の「従業員の理解」も経営者にとってみたら、これまでの経営者人生で幾度となく考えて実施してきたことだと思いますが、「後継者の育成」は、経営者のほとんどが初めての経験なのではないでしょうか。

 

初めてだからわからない。わからないから苦労をするのです。

 

よく、経営者から「後継者は、まだまだ半人前だから任せられない」という言葉を聞くことがあります。

 

しかし、どうしたら任せられるのか?一人前とはなにか?基準を問うと明確に答えられる方は多くありません。
おそらく、経営者の感覚的にまだ任せられないと感じているのではないかと思います。
その感覚は概ね間違っていないとは思いますが、ただ、明確な基準がないと後継者を育てるにしても、どこをどうしたらよいのかわからないのではないでしょうか?
後継者に何が足りないのか?と問われてもあいまいな答えになってしまっては、後継者もどうしたらよいのかわかりません。

 

では、どうなったら任せられるのか?

その基準について、少し触れたいと思います。

 

まず、経営者になるための最も大事なポイントは経営の知識ではないということです。

当然知識も必要ですが、知識は一番ではありません。知識だけでは経営はできないからです。
ちなみに、私は中小企業診断士という経営の知識を持っているという国家資格をもっていますが、この中小企業診断士のほとんどは経営をすることはできません。知識しか持っていないからです。
経営者に中には、経営の知識はなくても、すばらしい経営をされている方がたくさんいらっしゃいます。

 

知識よりも大事なことはなんでしょうか?

 

それは、経営者としての覚悟と経営するための行動や思考です。
心・技・体で分けると、”心””体”の部分です知識の”技”は最後になります。
これが経営者となるために、まず必要な部分だと考えています。

 

では、経営者としての”心”(覚悟)と”体”(思考・行動)はどう鍛えるのでしょうか?

 

私は、それは経験でしか鍛えられないものだと考えています。
お勉強で鍛えられるものではないので、経営の現場でしか鍛ていくことができないのではないでしょうか。

ただ、
経営者としての覚悟とは何か?
経営者として必要な行動や思考とは何か?
をということを知らないと、
鍛えることすらできませんので、経験の前にまずは知ることが大事になります。
それが何かを知ってから、実践の中で経験し鍛え続ける。

そして、そこに経営の知識やノウハウを組み合わせていく。

そうすると、経営者としての心技体がバランスよく鍛えられて、後継者が本物の経営者に成長していくと考えています。
逆に経営者は、この心技体の視点で後継者がどの程度成長しているのか見定めて、その成長をサポートするとよいと思います。

 

 

いかがでしたでしょうか?
なにか気づきになることはありましたでしょうか。

後継者の学校では、当然知識だけでなく、この心技体を体系的に理解して鍛えるための学びが充実しておりますので、
後継者が経営者として成長するための最適な学びの場となっております。
まずは、定期的に入門講座を開催しておりますので、
気軽に参加して、事業承継と後継者経営を前に進ませるきっかけにしていただければと思います。

 

【直近の「入門講座」情報】

○東京校
2017年2月16日(木)19:00~21:00
→ http://school-k.jp/pre-tokyo-20170216/

2017年2月27日(木)18:30~20:00
→ http://school-k.jp/pre-tokyo-20170227/

○大阪校
2017年2月22日(木)18:30~20:00
→ http://school-k.jp/pre-osaka-20170222/

2017年3月29日(木)18:30~20:00
→ http://school-k.jp/pre-osaka-20170222/

○九州校
2017年2月25日(土)13:30~15:30
→  http://school-k.jp/pre-kumamoto-201701/

お気軽にご参加くださいませ。
どうぞよろしくお願いいたします。

代表取締役 大川原 基剛

事業承継の現実と専門家のミスマッチ

こんにちは。後継者の学校の大川原です。

最近、いろいろなところで事業承継の話をさせていただいていますが、どうやら専門家の視点が現場の経営の視点から離れていっている気がします。おかしな事業承継支援にならなければよいのですが・・・

私は、月に4回くらいは全国のどこかで事業承継の話をさせていただいているのですが、

その対象は、経営者だけでなく、後継者、あとは専門家(士業)向けなどに話をさせていただいています。

 

私たち後継者の学校のメッセージは一貫したもので、

事業承継のキーマンは後継者で、主体的に動かなければ未来がない。

そして、それを支えるのが経営者。

相続と事業承継は別もので、同じと考えるから事業承継が受け身になる!

などといったメッセージですが、

 

受け取る反応は、聴講していただいている人によってさまざまではあります。

 

よく聞く反応としては。

経営者からは、

「他の事業承継のセミナーでテクニカルな話をきいてもよくわからなかったけど、わかりやすかった。その通りだと思う。」

となどがあり

 

後継者からは、

「まさに自分が考えていたモヤモヤの正体がわかった。」

「自分がやらなければいけないんだと、心をあらたにした。」

などと、反応していただきます・

 

一方で、専門家に話をすると

「本質はわかるけど、そうはいっても、そんな簡単じゃない。」

「概要はいいから、もっと具体的なテクニックを教えてほしい」

「後継者がそもそもいないんだから、そんな話をされても・・・」

などといったネガティブな反応が目立ちます。

 

私は、ちゃんと伝えきれなかった自分を反省するとともに、

その反応の差を見ると、事業承継に関して経営者後継者と専門家の間に大きな隔たりがあるのでは?と心配になってしまいます。

 

経営者が専門家だと思って事業承継の相談をした相手が、実は事業承継の大事なところを知らずにアドバイスをする・・・そんな状況を想像すると、その後どうなったのか結果を聞くのが怖いですね。

 

ですので、私の想いとしては、

経営者と後継者のみなさんには、事業承継について何が本当に大事なのか、自ら考えてみていただきたいと思いますし、

専門家のみなさんには、事業承継のリアルな現場の思いを受け止めて、事業承継に本当に大事なところをわかったうえで支援をしていいただきたいと、切に願います。

 

そうして未来に繋がる事業承継がたくさん成功して、価値を世代を超えて積み上げていけば、次の世代の日本の経済はもっとよくなると考えています。

 

ご興味があれば、当社の入門講座で事業承継の本質と全体像について聞きに来てください。

 

【直近の「入門講座」情報】

 

○東京校

2017年1月26日(木)18:30~20:00

→ http://school-k.jp/pre-tokyo-201701/

2017年2月16日(木)19:00~21:00

→ http://school-k.jp/pre-tokyo-20170216/

 

○大阪校

2017年1月31日(木)18:30~20:00

→  http://school-k.jp/pre-osaka-20170131/

 

○九州校

2017年2月25日(土)13:30~15:30

→  http://school-k.jp/pre-kumamoto-201701/

 

お気軽にご参加くださいませ。

どうぞよろしくお願いいたします。

 

代表取締役 大川原 基剛

トランプ大統領の就任を前に

後継者の学校パートナー、中小企業診断士の岡部眞明です。

先日、ゴールデングローブ賞の授賞式で行った、女優のメリルストリープさんが行ったスピーチについてです。そのスピーチでは、トランプ次期大統領が選挙戦で行った障碍を持つ記者のものまねについて語っています。

ものまねの経緯は、次のようなものだったようです。

9.11の同時多発テロの時に、倒壊するビルを見て喜んでいるイスラム教徒が数千人居たとの発言に、トランプ氏が根拠とする記事を取材した記者が「そんな事実はない」と反論したことに対して、選挙期間中に同氏が、「そんなことは書いたことがない」と、障害を持つ当該記者の物まねを交えて行ったものです。批判された同氏は、「当該記者にはあったこともないし、障害のことなど知らない。間違った様子をまねただけだ」と言ったとのこと。

メリルストリープさんは、この発言に対して「一国の元首になろうとする人物が、障害のある記者をまねて笑いものにした」と嘆きました。

彼女のスピーチが報道されるまで、トランプ氏のものまねのことは知りませんでした。今回、改めて確認しましたが、障害を笑いものにしていることは明らかです。(さらに、二人は旧知の仲だとか)

その行為の意図は、それを行った本人しか(それが内面の問題であるので)確実には分からないとはいえ、まさに、一国の元首になろうとする人物であれば、公の場における、本人の言動の影響やその結果について、責任を持つことは当然のことではないでしょうか。

前に、イギリスのEU離脱の国民投票について、「残念ながらしばしば間違うという事実をリーダーは予定した組織運営を行わなければなりません。」と書いたことがありますが。

今回は、リーダーが、大衆がしばしば間違うという事実を、リーダーが利用して権力につこうとしているように見えます。

トランプ氏は、「フォードやゼネラルモーターのメキシコ工場」についても批判しています。さらには、自国企業だけでなくトヨタのメキシコ進出まで批判して、高額の関税をかけるとツイートしています。自分は、「神が創造した史上最高の雇用創出者になる」と発言していますが、国家だけではなく、社会は経済(は重要なものではありますが)だけで出来上がっているものではなく、その経済でさえ(経済こそが)経済以外の人間の営みから成り立っているのです。

昨年亡くなった伊與田覺先生の書になる、「「大学」を素読する」(「致知出版社」)から抜粋します。

「国家に長として財用を務むる者は、必ず小人による。彼之を善くすと為して、小人をして国家をおさめ使むれば、災害ならびいたる。善者ありといえども、またこれ如何ともする無し。これを国は利をもって利となさず、義をもって利となすというなり。」

トランプ氏の一連の発言は間違っているというつもりはありませんが、いろいろな人がいていろいろな考えがあることの方が、人間が生き残るためにも必要であることは、進化論的にも正しいことだと思います。

トランプ氏やどこかの知事もそして私たちも「大学」の警告を他山の石として身を修め、成長したいものです。

事業承継を進める前に、

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渡す人から見た事業承継

後継者の学校パートナー、中小企業診断士の岡部眞明です。

「人を看るには、ただ後の半截(はんさい)を看よ」中国の古典「菜根譚(さいこんたん)」にある言葉だそうです。

「人の価値を見るには、その後半を見ればよい。」「人の一生は、晩年をどう生きるかで決まる。」晩節を汚しかねない年齢に差し掛かっている私には、厳しい言葉です。また、若気の至りを繰り返した私の人生に希望を与えてくれる言葉でもあります。

30数年前大きな不安とさらに大きな希望を抱き起業し、がむしゃらに働いてきたあなた。

苦労の甲斐あって、売上げもそこそこ伸び、従業員もそれなりに増えて、子供たちも結婚して、がむしゃらに働いていた頃は分からなかった孫のかわいさを実感している、といったところでしょうか。

長男も5年前に、会社に入ってくれて専務として頑張ってくれているし、従業員も社長・社長と言って、従順に指示に従ってくれる。お得意様との取引も安定している。何かあると、銀行は何かと相談に乗ってくれているし、今は何の心配もない。

ところで、後を継がせようとして入社させた長男はどうしていますか?

商工会の青年部の会合を口実に外出ばかりしていたり、担当の業務にばかり力を注いで、担当外のことには無関心になっていたりしていませんか?

そして、従順な従業員、何か問題が起こったら全てあなたの判断を求めたりして、指示待ち状態になっていませんか?

本当に何の心配もない?

今の会社から、突然あなたがいなくなった日を考えてください。「そんなこと、あるわけないでしょ?」

そんなこと、ありますよ。あなたは、今何歳でしょう?

あなたがつくった会社には、もう、あなた一人のものはありません。あなたの家族、専務はじめ子供たちの家族、従業員とその家族、銀行、何より取引先、そしてその家族、あなたの会社に関係する人は、無限に広がります。

そうです、その会社に「そんなこと、あるわけないでしょ!」と?ではなく!で言い切ることが、あなたの「後の半截」にやるべきことなのです。

半截(人生の残り半分?)というくらいですから、長い時間が必要です。今の会社が、あなたがいなくても十分に機能し、今の、いや今以上の人々に関係してもらえるように、今から、取り掛かりましょう。

将来の会社の姿を思い、そこで働く従業員を思い、どんな姿を思い描くか。そして、その為に、どんな行動をとるのか、全てあなた自身が決めなければなりません。何故って、あなたがつくった会社ですから。

「人を看るには、ただ後の半截(はんさい)を看よ」

あなたの評価は、これからです。人生まだまだ。

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「らりるれろのまほう」という本を読みました

後継者の学校パートナー、中小企業診断士の岡部眞明です。

「らりるれろのまほう」という本を読みました。20篇ほどの詩が収められている小さな詩集です。著者は、1992年生まれといいますから今年で24歳の溝呂木梨穂さんという女性です。

梨穂さんは、生後すぐに脳に酸素が行かないというトラブルで、脳に重度の障がいをおってしまい、体の自由と言葉を失ってしまいます。2012年5月20日まで。

この日国学院大学の柴田保之教授と出会います。教授は、重度・重傷障がい児の教育について研究しているそうです。この先生(の通訳?)を通して、彼女の中にある言葉が文字になりました。

彼女の詩を、ほんの一部だけ紹介します。

 

人間として生まれて生きて来たけれど

私は誰にも振り返られることもなく

理想だけを糧にして生きてきた

夜の暗闇の中でも

人間としての理想は決して捨てずに

ただ未来だけを信じて生きてきた・・・

(「緑の声と光」より抜粋)

 

理想の未来に向かって

私はこの場所をそろそろ旅立つ日が来ようだ

しかし私は決して忘れないこの暗闇の世界を・・・

(「暗闇の世界から」より抜粋)

 

彼女が、20数年間紡いできた言葉とその世界は、あくまで透徹して力強い。彼女のような重度の障がいを持つ人たちの中にこんな世界があるなんて、恥ずかしいことだけれど今まで気が付きませんでした。

普通に考えれば、当たり前のことなんです、同じように感じ考えていることは。むしろ、耳と目と頭(心)だけで他者との関係を構築しなければならない彼女にとって、内面世界が研ぎ澄まされていくことも。

今回、彼女の本を知り、彼女の世界を垣間見ることができて、「世の中もまんざら捨てたもんじゃないなぁ」と、何故か気分がよくなりました。

差別するつもりなどまったくないのですが、気の毒な人という障がいを持つ人に対する先入観が私の世界も狭めていたのです。

私たちの思考のプロセスは、一定の考え方や習慣を前提になりがちです。それらが先入観となって時として誤った判断をもたらすことになります。思考プロセスを先入観から解き放ちゼロベースで考えることの大切さに、この本を読んで学ぶことができました。

また、コミュニケーションとは、人の内面を引き出す大きな力であることを改めて確認することもできました。

梨穂さんの現在は、小さいころからお母さんの愛情をいっぱい受けて来たからであることは、もちろんです。梨穂さんがお母さんと柴田先生の支えを受けて、これからも素晴らしい詩を作り続けてほしいと思います。また、もっと多くの梨穂さんにも。

そうすれば、世の中もっとまんざら捨てたもんじゃなくなるかもしれません。

愛情をいっぱい受けるといえば、事業承継においても「先代の愛情をいっぱい受けた」大切な従業員を引き継いでいくわけですから、この詩を噛み締めて「明るみ」に向かっていかなければなりませんね。

(出典「こころの詩集 らりるれろのまほう」溝呂木梨穂(ダーツ出版))

USオープンテニスがきっかけで考えたこと

後継者の学校パートナー中小企業診断士の岡部眞明です。

今回は、音楽とスポーツのお話です。先日、錦織圭選手が、世界ランキング2位のアンディ・マレー選手を破り2年ぶりのベスト4進出を果たしました。準決勝では、ランキング3位のスタン・ワウリンカ選手には、残念ながら破れましたが久しぶりの本領発揮です。

マレー選手との準々決勝は、互いに相手のサービスゲームをブレイクし合う展開で、見ている方も緊張してしまうような、正に手に汗握る展開となりました。試合後のインタビューで、試合を振り返った錦織選手は「ブレイクされたときは、内心とても落ち込みました。

でも、反省は試合後にすることにして、今できることをやろうと思い直しました。」と言っています。USオープンの決勝が、世界ランキング1位のノバク・ジョコビッチ選手を破ったワウリンカ選手の優勝に終わり、少しだけ悔しい思いになっていたころ、今度は、ハンガリーからうれしいニュースが入ってきました。

フランツ・リスト国際ピアノコンクールで、阪田知樹さんが見事優勝したのです。阪田さんのコメントです。「フランツ・リスト国際ピアノコンクールで優勝できて感無量です。リストの故郷であるハンガリーで認めて頂けたことは、大きな喜びです。これからも、精進して音楽家として成長していきたいです。」錦織選手は26歳、阪田さんは22歳です。

どちらも、子供の頃から錦織選手はテニス、阪田さんはピアノに取り組んで、現在に至っています。錦織選手は、ピンチに自分の気持ちを奮い立たせ勝利を手にし、阪田さんは、勝ってもおごることなく更なる成長を誓っています。テニスとピアノ両者に共通するもの、(スポーツと音楽といってもいいかと思いますが)それは、できる人とできない人の圧倒的な、悲しいくらいの差です。

テニスは、ゲームですから、必ず勝者と敗者があります。勝つためには、強くならなければなりません。強くなるためにしなければならないことは山のようにあり、それを学び、自分自身で理解して、実行していくことが必要です。ピアノも美しい感動を与える演奏をするための技術を手に入れるには、同じように多くの努力と時間が必要となります。

そんな努力が結果に結びつくためには、自分と目標との差を的確に認識する冷静さと熱い心が必要です。この二人が今回得た成果は、もちろん、今までの努力の成果ですが、錦織選手の自分の心をコントロールする力、阪田さんの向上心、子供の頃から日々の練習で積み重ね努力することそのものが、二人にもたらした大きな成果なのではないでしょうか。

スポーツも音楽も私たちには、余暇に行うものですが、それでもうまい人と自分の差は、点数や声、楽器の音で歴然です。そして、その差を埋めるためには、自分の力量を知り、上達する方法を学ばなければなりません。負けたからと言って、怒ったり、泣いたりしても何も解決しないのです。私も、泳いだり、走ったりしますが、私にとってこの時間は、貴重な気分転換だけではなく、ちょっとだけの向上心を体験できる時間でもあります。

会社の業績向上には、現状の分析と課題の認識、そして目標の設定と行動が必要です。

冷静な判断と向上心、冷静で熱い心を、錦織選手や阪田さんから学び、実践するには余暇の時間も実は大切な時間です。

スポーツや音楽で、冷静に自分を見つめる目と向上心を手に入れましょう。世界一になることは必要ありません(もちろんなってもいいんです。)少しずつ、心を刺激することです。

 

この話が少しでも何かのきっかけになれば幸いです。

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