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トランプ大統領とブッシュ元大統領

後継者の学校パートナー中小企業診断士の岡部眞明です。

トランプ大統領の発言に関連して何度か取り上げさせてもらいました。入国規制の問題や貿易についてなど、発言の内容はそんなにおかしくないのですね。でも、マスコミとの関係は最悪であるようにみえます。トランプ大統領が乱発する「フェイクニュース」という言葉は今年の流行語大賞にノミネートされるのではないかという勢いですね。

たしかに、マスコミと時の政権の間は、だいたい良好であることはないようです。それは仕方のないところです。マスコミは権力の番人といったりしますが、時の権力の動向について、私たち国民に知らせるという重要な役割を果たしています。一方で、第4の権力といったりもします。司法、行政、立法に次ぐ権力という意味で、報道を通じて一般国民を一定の方向に誘導して、民意を背景に大きな権力となっているということですね。

トランプ大統領は行政の長ですから、当然に国民から負託された正当な権力を有していますからそれを行使すること自体は当然である訳です。ただし、法治国家である限り「法律の許す範囲で」ですね。

王権神授説という言葉を世界史で習いました。「王様の権利は神から与えられたものであり、誰も反抗できない。」というものでした。確か、イギリスの革命のときにそれに反抗したのが最初だったのではないかと思い調べてみました。1628年に「議会の承認なしに課税しないこと・法律によらなければ逮捕できない」ということを国民の権利として明確にした(権利の請願(世界史の窓http://www.y-history.net/appendix/wh1001-028.html))とありました。

トランプ大統領も自らのルーツであるヨーロッパの歴史はご存じでしょうから、400年後に王権神授説を持ち出すほど時代錯誤ではないと思います。

権力の正統性はどこから来るのでしょうか?それは権威だと私は思います。王権神授説では、神というキリスト教から与えられたという宗教的権威です。トランプ大統領の場合は、国民の多くが支持し、法律に定める手続きによって選ばれたというアメリカ国民の支持と法律という権威に裏打ちされています。日本の天皇陛下の場合は、2千年も続く歴史と伝統に基づく権威だと思います。それに加え、天皇家が常に国民をともにあったことに対する国民からの支持が常にあったわけです。信長や秀吉、家康も天皇という権威を後ろ盾があったからこそ国を治めることができました。

と考えていくと、結局、民衆の支持が権威の創り出すのであり、権力の根源であることに思い至ります。

そこでブッシュ元大統領に登場願います。アメリカNBCでのインタビューのなかで、トランプ大統領に関連した質問に答えたものです。

「私は、メディアは民主主義にとって不可欠だと考える。私のような人々に説明責任を果たさせていくため、メディアは必要だと思う。権力には時に高い依存性があり、(人々を)むしばむものだ。権力を乱用する者の説明責任をメディアが追及していくことが重要だ。」(米43代大統領ジョージ・W・ブッシュ)

これに対して、トランプ大統領が障害のある記者をばかにするような物まねをしたことを取り上げましたが、この二人の大統領の発言や行動どちらが大統領らしく思えるでしょうか。

大衆の支持には、品位とか品格も必要です。小学校の学級委員をしていたとき「岡部君は無責任だと思います。」といわれ、なぜそのように言われたかわからなかったのですが、その発言にたいする答えを、いまだに探している私ですが、学級委員でさえそうなのです。ましてや、大統領ですから、その地位にふさわしい行動や振る舞い発言を求められるのは当然のことなのではないでしょうか。(時々は、親近感をアピールしてもよいかもしれませんが)

トランプ大統領が、アメリカとしては巨大ではないにしても、オーナー経営者であることが気になります。誰も、意見を言うことができない。すべて一人で決めてしまう。「俺がやらないと誰がやるんだ!」「アメリカを偉大にするにはこの道しかないんだ!」「誰もわかっちゃいない。文句を言うやつはみんな首だ!」(テレビ番組の「ファイヤー!」で人気だったそうですが)

こんな人、近くにいませんか?

 

後継者の学校では無料の入門講座を行っています。

東京校
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事業承継と遺言

今回取り上げるテーマは遺言です。具体的な事業承継のケースを踏まえ,遺言の基本的なところや裁判例のお話をさせていただき,遺言についての理解を深めていただければと思っています。

 

第1 はじめに

こんにちは。後継者の学校,パートナーの佐藤祐介です。

今回,私は,後継者の学校のブログとは別に長めの記事を描かせていただきました。

その記事は,後継者の学校のHPでご覧いただけると思いますが,本ブログでは,そのダイジェスト版として,掲載させていただきます。

今回のテーマは遺言ですが,法的な話をする前に,2つのケースを紹介します。一澤帆布とニトリのケースです。

いずれも相続の場面で,遺産分割協議書や遺言の有効性が争われ,裁判にまで発展しました。

これらのケースで,もし仮に遺言について,適切な対応をしていれば,ここまで大きな争いに発展していなかったかもしれません。

 

第2 遺言の基本的内容

では,遺言の基本的内容です。

まず,遺言を作るメリットですが,遺言者の希望に沿った財産分配の実現とスムーズな相続の実現にあります。

また,遺言の種類としては,大きく分けて普通様式と特別方式というものがありますが,後者はあまり見かけることが無いと思いますので,今回は普通方式の遺言に焦点を絞ります。

普通方式遺言の種類は3つで,自筆証書遺言,公正証書遺言,秘密証書遺言です。

それぞれにメリット・デメリットがありますが,公正証書遺言を用いることをおすすめします。

たしかに,この公正証書遺言は,作成するにあたって手数料がかかりますが,その作成においては公証人という法的知識を有する専門家がチェックをするため,方式・内容について不備が発生するリスクが低くなるからです。

とはいえ,公正証書遺言であっても,遺言者が作成時に遺言能力,つまり有効に遺言を作成できる能力を有していなければなりません。

高齢者人口が進む中,近時,高齢者が作成した公正証書遺言について,その遺言能力の欠如から,遺言が無効であると判断される裁判例が見られます。

その1つとして,東京高裁平成25年8月28日判決というものがあります。

 

第3 最後に

以上,駆け足ではありましたが,ダイジェスト版をお届けしました。

より具体的な記事をご覧になる場合には,こちら(後継者の学校 佐藤祐介のコラム 事業承継と遺言)をご覧ください。

そして,この記事が,事業承継に望む方々の「技」の醸成に少しでも役立っていただければ幸いです(この「技」というのは,後継者が養うべきポイントとして後継者の学校が考えるものです。全てで3つあり,「心」「体」「技」となります)。

なお,遺言は事業承継における有効なツールではありますが,これだけで全てを解決できるものではないことは言うまでもありません。

上記事案では,たとえば,人的要因が鍵になっていたかもしれません。この点,後継者の学校では,事業承継に取り組むにあたって多角的な視点を養う場を提供しており,後継者の方々が事業承継に向けたロードマップを形成できるようなお手伝いをさせていただいています。

以上

 

事業承継の現実と専門家のミスマッチ

こんにちは。後継者の学校の大川原です。

最近、いろいろなところで事業承継の話をさせていただいていますが、どうやら専門家の視点が現場の経営の視点から離れていっている気がします。おかしな事業承継支援にならなければよいのですが・・・

私は、月に4回くらいは全国のどこかで事業承継の話をさせていただいているのですが、

その対象は、経営者だけでなく、後継者、あとは専門家(士業)向けなどに話をさせていただいています。

 

私たち後継者の学校のメッセージは一貫したもので、

事業承継のキーマンは後継者で、主体的に動かなければ未来がない。

そして、それを支えるのが経営者。

相続と事業承継は別もので、同じと考えるから事業承継が受け身になる!

などといったメッセージですが、

 

受け取る反応は、聴講していただいている人によってさまざまではあります。

 

よく聞く反応としては。

経営者からは、

「他の事業承継のセミナーでテクニカルな話をきいてもよくわからなかったけど、わかりやすかった。その通りだと思う。」

となどがあり

 

後継者からは、

「まさに自分が考えていたモヤモヤの正体がわかった。」

「自分がやらなければいけないんだと、心をあらたにした。」

などと、反応していただきます・

 

一方で、専門家に話をすると

「本質はわかるけど、そうはいっても、そんな簡単じゃない。」

「概要はいいから、もっと具体的なテクニックを教えてほしい」

「後継者がそもそもいないんだから、そんな話をされても・・・」

などといったネガティブな反応が目立ちます。

 

私は、ちゃんと伝えきれなかった自分を反省するとともに、

その反応の差を見ると、事業承継に関して経営者後継者と専門家の間に大きな隔たりがあるのでは?と心配になってしまいます。

 

経営者が専門家だと思って事業承継の相談をした相手が、実は事業承継の大事なところを知らずにアドバイスをする・・・そんな状況を想像すると、その後どうなったのか結果を聞くのが怖いですね。

 

ですので、私の想いとしては、

経営者と後継者のみなさんには、事業承継について何が本当に大事なのか、自ら考えてみていただきたいと思いますし、

専門家のみなさんには、事業承継のリアルな現場の思いを受け止めて、事業承継に本当に大事なところをわかったうえで支援をしていいただきたいと、切に願います。

 

そうして未来に繋がる事業承継がたくさん成功して、価値を世代を超えて積み上げていけば、次の世代の日本の経済はもっとよくなると考えています。

 

ご興味があれば、当社の入門講座で事業承継の本質と全体像について聞きに来てください。

 

【直近の「入門講座」情報】

 

○東京校

2017年1月26日(木)18:30~20:00

→ http://school-k.jp/pre-tokyo-201701/

2017年2月16日(木)19:00~21:00

→ http://school-k.jp/pre-tokyo-20170216/

 

○大阪校

2017年1月31日(木)18:30~20:00

→  http://school-k.jp/pre-osaka-20170131/

 

○九州校

2017年2月25日(土)13:30~15:30

→  http://school-k.jp/pre-kumamoto-201701/

 

お気軽にご参加くださいませ。

どうぞよろしくお願いいたします。

 

代表取締役 大川原 基剛

トランプ大統領の就任を前に

後継者の学校パートナー、中小企業診断士の岡部眞明です。

先日、ゴールデングローブ賞の授賞式で行った、女優のメリルストリープさんが行ったスピーチについてです。そのスピーチでは、トランプ次期大統領が選挙戦で行った障碍を持つ記者のものまねについて語っています。

ものまねの経緯は、次のようなものだったようです。

9.11の同時多発テロの時に、倒壊するビルを見て喜んでいるイスラム教徒が数千人居たとの発言に、トランプ氏が根拠とする記事を取材した記者が「そんな事実はない」と反論したことに対して、選挙期間中に同氏が、「そんなことは書いたことがない」と、障害を持つ当該記者の物まねを交えて行ったものです。批判された同氏は、「当該記者にはあったこともないし、障害のことなど知らない。間違った様子をまねただけだ」と言ったとのこと。

メリルストリープさんは、この発言に対して「一国の元首になろうとする人物が、障害のある記者をまねて笑いものにした」と嘆きました。

彼女のスピーチが報道されるまで、トランプ氏のものまねのことは知りませんでした。今回、改めて確認しましたが、障害を笑いものにしていることは明らかです。(さらに、二人は旧知の仲だとか)

その行為の意図は、それを行った本人しか(それが内面の問題であるので)確実には分からないとはいえ、まさに、一国の元首になろうとする人物であれば、公の場における、本人の言動の影響やその結果について、責任を持つことは当然のことではないでしょうか。

前に、イギリスのEU離脱の国民投票について、「残念ながらしばしば間違うという事実をリーダーは予定した組織運営を行わなければなりません。」と書いたことがありますが。

今回は、リーダーが、大衆がしばしば間違うという事実を、リーダーが利用して権力につこうとしているように見えます。

トランプ氏は、「フォードやゼネラルモーターのメキシコ工場」についても批判しています。さらには、自国企業だけでなくトヨタのメキシコ進出まで批判して、高額の関税をかけるとツイートしています。自分は、「神が創造した史上最高の雇用創出者になる」と発言していますが、国家だけではなく、社会は経済(は重要なものではありますが)だけで出来上がっているものではなく、その経済でさえ(経済こそが)経済以外の人間の営みから成り立っているのです。

昨年亡くなった伊與田覺先生の書になる、「「大学」を素読する」(「致知出版社」)から抜粋します。

「国家に長として財用を務むる者は、必ず小人による。彼之を善くすと為して、小人をして国家をおさめ使むれば、災害ならびいたる。善者ありといえども、またこれ如何ともする無し。これを国は利をもって利となさず、義をもって利となすというなり。」

トランプ氏の一連の発言は間違っているというつもりはありませんが、いろいろな人がいていろいろな考えがあることの方が、人間が生き残るためにも必要であることは、進化論的にも正しいことだと思います。

トランプ氏やどこかの知事もそして私たちも「大学」の警告を他山の石として身を修め、成長したいものです。

事業承継を進める前に、

後継者の学校でサポートできることがあります。

詳しくはこちら!
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USオープンテニスがきっかけで考えたこと

後継者の学校パートナー中小企業診断士の岡部眞明です。

今回は、音楽とスポーツのお話です。先日、錦織圭選手が、世界ランキング2位のアンディ・マレー選手を破り2年ぶりのベスト4進出を果たしました。準決勝では、ランキング3位のスタン・ワウリンカ選手には、残念ながら破れましたが久しぶりの本領発揮です。

マレー選手との準々決勝は、互いに相手のサービスゲームをブレイクし合う展開で、見ている方も緊張してしまうような、正に手に汗握る展開となりました。試合後のインタビューで、試合を振り返った錦織選手は「ブレイクされたときは、内心とても落ち込みました。

でも、反省は試合後にすることにして、今できることをやろうと思い直しました。」と言っています。USオープンの決勝が、世界ランキング1位のノバク・ジョコビッチ選手を破ったワウリンカ選手の優勝に終わり、少しだけ悔しい思いになっていたころ、今度は、ハンガリーからうれしいニュースが入ってきました。

フランツ・リスト国際ピアノコンクールで、阪田知樹さんが見事優勝したのです。阪田さんのコメントです。「フランツ・リスト国際ピアノコンクールで優勝できて感無量です。リストの故郷であるハンガリーで認めて頂けたことは、大きな喜びです。これからも、精進して音楽家として成長していきたいです。」錦織選手は26歳、阪田さんは22歳です。

どちらも、子供の頃から錦織選手はテニス、阪田さんはピアノに取り組んで、現在に至っています。錦織選手は、ピンチに自分の気持ちを奮い立たせ勝利を手にし、阪田さんは、勝ってもおごることなく更なる成長を誓っています。テニスとピアノ両者に共通するもの、(スポーツと音楽といってもいいかと思いますが)それは、できる人とできない人の圧倒的な、悲しいくらいの差です。

テニスは、ゲームですから、必ず勝者と敗者があります。勝つためには、強くならなければなりません。強くなるためにしなければならないことは山のようにあり、それを学び、自分自身で理解して、実行していくことが必要です。ピアノも美しい感動を与える演奏をするための技術を手に入れるには、同じように多くの努力と時間が必要となります。

そんな努力が結果に結びつくためには、自分と目標との差を的確に認識する冷静さと熱い心が必要です。この二人が今回得た成果は、もちろん、今までの努力の成果ですが、錦織選手の自分の心をコントロールする力、阪田さんの向上心、子供の頃から日々の練習で積み重ね努力することそのものが、二人にもたらした大きな成果なのではないでしょうか。

スポーツも音楽も私たちには、余暇に行うものですが、それでもうまい人と自分の差は、点数や声、楽器の音で歴然です。そして、その差を埋めるためには、自分の力量を知り、上達する方法を学ばなければなりません。負けたからと言って、怒ったり、泣いたりしても何も解決しないのです。私も、泳いだり、走ったりしますが、私にとってこの時間は、貴重な気分転換だけではなく、ちょっとだけの向上心を体験できる時間でもあります。

会社の業績向上には、現状の分析と課題の認識、そして目標の設定と行動が必要です。

冷静な判断と向上心、冷静で熱い心を、錦織選手や阪田さんから学び、実践するには余暇の時間も実は大切な時間です。

スポーツや音楽で、冷静に自分を見つめる目と向上心を手に入れましょう。世界一になることは必要ありません(もちろんなってもいいんです。)少しずつ、心を刺激することです。

 

この話が少しでも何かのきっかけになれば幸いです。

後継者の学校
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気になる方は、ぜひ一度、後継者インタビューをお試しくださいね。

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歴史に学ぶ後継者経営 真田丸④(真田昌幸)

samurai

私主に日本の歴史から後継者経営に学べる題材をとって、皆さんと一緒に後継者経営を考えて参りたいと思います。今回からは、「真田丸」から題材をとって、真田昌幸の後継者としての成長を見て参りたいと思います。真田丸、お勧めですので見てください。昌幸、信之、信繁それぞれがそれぞれの承継をしていきます。

 

後継者の皆様

 

後継者の学校パートナー、今年はすっかり「真田丸」ウオッチャーとなっています石橋治朗です。

 

私は主として日本の歴史から題材をとって、事業承継や後継者経営のありかたを皆さんと考えていきたいと思っています。

 

ようやく、数ヶ月にわたって(ブログはたったの4回ではあるのですが(汗))、見て参りました「真田丸」も、今回で一応区切りになります。

 

前回まで、主家であった武田家が滅び、自分の居城である岩櫃城へ帰って知謀を巡らせた上で自らを織田信長に首尾良く売り込んだところまではよかったものの、本能寺の変により再び戦国の混乱に巻き込まれて、すっかり困り果てた真田昌幸の去就を見て参りました。放映されたのは、もう半年前になるのですが…(汗汗)

 

ところで、真田昌幸が巻き込まれた、本能寺の変に端を発する甲信地方の混乱は、「天正壬午の乱」と呼ばれています。天正10年(1582年)の干支が「壬午」だったからです。

これは、どのくらいすごい混乱なのでしょう。おそらく、こないだのリーマンショック程度は、「乱」とさえ言われない程度のものかもしれません。少々ショックは強かったけれども、単なる景気変動に過ぎないからです。

「乱」というのは、あらゆる秩序が失われ、人々がお互いに疑心暗鬼に陥って、明日生きていけるかわからない、そういう状況をいうのでしょう。「真田丸」でも、信之と信繁が人質を伴って新府城から岩櫃へ落ち延びる道中は、命と財産を狙われる危険に絶えず襲われていました。そんな思いをしてたどり着いた岩櫃城は、新府城や安土城に比べれば粗末でみすぼらしかったとしても、どれだけ心強い存在だったでしょう。

 

そのような極限の状況の中で、家族と家臣と国人たちを敵から守らなくてはならない、しかし味方はおらず見渡せば皆敵ばかりにみえる状況の中で、真田昌幸が背負っていた責任感とプレッシャーはいかほどのものか、それもまた穏やかな時代に生きるわたしたちの想像をはるかに絶するものがあります。

その中でいかに的外れであったりピントがはずれていたり、あるいは臆するような行動を取ったとしても、決して責められるべきではありません。とはいえ、事態を打開しなければ、武田のように真田も滅び、真田親子の首は桶に入れられて見世物としてさらされるのです。そのような時代でした。

 

さて、本能寺の変で自分の知謀で勝ち取ったと思ったものが全てひっくり返された昌幸は、自らの知謀でさんざん振り回して心に傷を負わせた信之に助けを求めます。

昌幸から見ると、信之(源三郎)は杓子定規で考え方が硬いように思われ、逆に信繁(源二郎)は素直で知恵が回るけれども、思慮深さに欠けるように感じます。いずれにしても、まだ自分の手足になるには両人とも頼りない存在。

しかし、この絶体絶命のピンチの場面で、昌幸は二人から起死回生の大事な気づきを得ることになります。

 

昌幸から意見を求められて、信之は「我らは織田家についたのだから、家臣としての道を貫き、滝川一益を助けて明智を討伐し、織田信長の仇を討つべき」と進言します。信之は常に、まっすぐな原則論、王道を述べるんですね。そこが昌幸から「面白くない」と酷評されるゆえんですが。

しかし、このまっすぐさが昌幸の琴線に触れることになります。ずっと、大名たちの裏をかくことに熱中するあまりに、すっかり策におぼれかかっていた自分の現状に気づかされるのです。

昌幸は言わんことか「なぜ、もっとそれを早く言わない」と信之をとがめます。信之は立腹して「ずっと、申しておりました!」と返しますが。そりゃ怒りますよね。信之はぶれていないのですから。

 

真田昌幸は、信之の進言に従って滝川一益に助太刀を申し出ますが、それまで散々に策におぼれすぎたしっぺ返し、一益から信用されず逆に人質を求められてしまいます。こうしてみると、自分の策謀は全く的を射ていなかったことに改めて気づかされるのですが、それでもそのことに気づかないよりはよほどにいい。

ただし、いざというときのために、巨大な勢力である北条にも真田信伊から気脈を通じておく策も忘れないのですが…

 

そこへ、安土から真田信繁が命からがら逃げ帰ってきます。一緒に人質として同行していた姉の村松殿を護りきることができず、すっかり意気消沈して帰ってきます。

昌幸も、羽柴秀吉が明智を討滅したとの報を聞いて、滝川一益が天下を取る目がなくなったことを嘆きます。

「わしの肩入れした者は、ことごとく運を逃す。源三郎教えてくれ…わしは、疫病神か?」

自分が頼ろうとした大名たちは、ことごとくつまづいてしまう。いったい、この先誰に頼ればいいのか…

 

お互いに意気消沈した二人は、示し合わせたわけでもないのに物見櫓へ登ります。

 

そこからは、はるかに真田の里が見渡せます。

 

信繁は、「ここで姉上と追いかけっこをしておりました…」と述懐します。

 

昌幸は、「力が欲しいのう…織田や北条や上杉と対等にわたりあえるちからが…」と自らの悲運を嘆きます。

 

二人は、それぞれ違った思いを胸に真田の里を眺めます。

 

落ち行く夕陽が差し掛かる、信濃の雄大な山々の美しさ、細やかに手入れがなされたまばゆいような田園風景、もう少しすると豊かな収穫をもたらすであろう畑と甲斐甲斐しく働く百姓の姿、路を盛んに行き交う行商たちの列、そして戦国のなかにあって無邪気にじゃれあう元気いっぱいな子供たち…

 

信繁が、独り言のように

「私は、この景色を見るといつも思うのです。たとえ領主が変わっても、この信濃の景色が変わるわけではない。いつも静かに、あの山々はそこにある。人間のいさかいを笑っているように。

私は、この景色が好きです。信濃は、日本国の真ん中ですから。信濃に生まれたことを、誇りに思います。

父上の子として生まれたことを、誇りに思います」

 

昌幸は里を眺めながら、電気で打たれたようにはっと気づくのです。

 

力がない、と思い込んでいたのは自分だと。

なぜ、北条も上杉も徳川も信濃をうかがうのか。

信濃が豊かな土地だからだ。信濃を欲しいからだ。

信濃には、よい材木が獲れる山々がある。それを運ぶ川も流れている。よい馬も育つ。

街道が通り、人が集まる。東と西を結ぶ、要の土地なのだ。

力がないなんてとんでもない、この信濃がある限り、自分たちは大名たちと対等にわたりあえるのだと。

 

そして何よりも、真田には人がいる。真田を信頼して慕ってくれる民たち、武田に比べれば土臭いけれども忠誠心のあつい家臣たち、そして父親である自分を誇りに思ってくれている息子たち。

これ以上、自分は何を求めるのだと。十分すぎるほどではないか…

 

真田昌幸は、決意します。

 

もう大名たちの顔色をうかがうのはごめんだ。信濃を使って、餓狼のように欲深な大名たちを操ってやる。隙あらば打ち倒す。

そして、この真田をなんとしても守りきってみせると。

大ばくちを打ってやる!と覚悟を決めます。そう、やっと腹が据わったのです。

 

腹が据わると、不思議なことに迷いが消えて、どんどんと打ち手が出てくるのです。これまでのように、周りが困惑するような策ではなく、味方を生かし敵を縦横無尽に欺く打ち手が。策ではなく知謀がわいてくるのです。

息子たちや家臣が昌幸を見る目も変わってきます。父を見上げる信繁の目が輝いてきます。それまで疑いと戸惑いで父を眺めていた信之も、信服するようになります。

 

それにしても、これまで真田昌幸のやることなすことは、なぜ空回りしてしまったのでしょうか。

それは、自分は力のない、誰か大きい勢力に頼らなくては生き延びられない「国人」だと思い込んでいたこと、つまり国人としての「自己概念」で行動していたからだと思います。

 

しかし、国人として行動すると打ち手は限られるんですね。誰につけばいいかをまず見極めなくてはならないし、その相手の力と心理を読まなくてはならない。

これは、安定した状況で力関係がはっきりとわかるのであれば、ある程度打ち手は明確になりますが、天正壬午の乱のような混乱の極みのなかでお互いに疑心暗鬼になっている状況では、ほとんど打ち手がありません。選択肢が少なければ、どんなにすごい知謀の持ち主でも、宝の持ち腐れになってしまいます。

 

でも、自分に軸を持ったちからのある大名であればどうでしょうか。そのちからを生かしていけば、どんなに周りが混乱していても打ち手はあるものなんです。

 

真田昌幸は決してちからがないわけではなかったのです。それに気づかなかっただけなのです。でも、すっかり自分を国人だと思い込んでいて、自分のちからをありのままに見ることができなかったのです。このように、周りとずれている自己概念、自己認識で行動していると、現状を変えることはなかなかできないのです。

 

でも、策を考えるのに疲れ果てて、ゼロベースに立ち返って真田の里をぼんやりと眺めたおかげで、昌幸は自分の持っているちからを客観的に見ることができたのです。

 

つまり、真田昌幸は自己を客観視することによって、自己概念が変わったということなんです。

もっと言えば、自己概念が「国人」から「大名」へと成長したのです。

 

会社で例えると、課長から部長、部長から社長へ成長するように。ここで言うのは地位ではなくて、「自己概念」ですが。

いや、戦国にあっては、もっと切実なことかもしれません。もし真田が大名にならず国人の自己概念のままであれば、大名たちに引きずり回された挙げ句に滅亡したかもしれないからです。

 

自己の客観視によって、自分が持っているちからを正しく把握することができる。ちからがあるとわかれば、「決意と覚悟」も定まります。ちからがないのに覚悟って定まらないと思いませんか。例えば、借金ばかりあって売上がない会社を継ごうと思っても、覚悟ってできませんよね。昌幸も同じです。国人ではとても頼りなさ過ぎて覚悟なぞできなかったけど、「ああ、信濃って実は恵まれた国なんだ。それを押さえてる自分には立派なちからがあるから、大名に頼らなくても自立できるんだ」と覚悟が定まり、「よし、絶対に奴らには負けない!真田を守りきってみせる!」と決意ができたのです。

 

真田昌幸は、こうして「国人」から「大名」へと成長して、天正壬午の乱を乗り切り、上田城の戦いで徳川軍を打ち破って、戦国に一躍その名を轟かせることになるのです。

 

こうしてみると、正しい自己概念を持つことはすごく大切なことですね。自己概念が変わることで、現状への意味づけが変わり、自分の行動が、目の色が段違いに変わるのです。後継者の学校では、キャリアの視点から後継者の「自己概念」に切り込むプログラムを準備しています。これって、すごいことなんですよ。期待してもらって全然構いませんよ。期待してください!

 

ブログを読んで興味をお持ちの方がいらっしゃいましたら、是非後継者の学校の説明会にご参加下さい。

その前に、まず後継者インタビュー(無料)を受けてみて下さい。時間はそれほどかかりません。だいたい、30分~1時間ほどです。

事業承継に関する自身の悩みが整理され、すっきりすると好評です。お気軽にお問い合わせいただければと思います。

 

後継者の学校
http://school-k.jp/

 

実録 事業承継~社員の気持ち③~

河合さん

中小企業の事業承継において、最も一般的な親から子への承継。株の引き継ぎがスムーズであることや周囲の納得感が得られやすいなど、メリットはたくさんあります。

しかし一方で、親子とはいえ、全く異なる考え方を持った後継者が社長になり、組織をまとめていくのは簡単なことではありません。

しかし、後継者が事業承継のタイミングでするべきことをしっかりすれば、必ず強い組織になるのです。

では、後継者がするべきこととは何でしょうか?

 

後継者の学校大阪校を担当しております税理士の河合です。

中小企業の事業承継は、M&Aなど様々な取り組みが活発になってきていますが、やはり親から子へと引き継がれる場合が多いです。

様々な苦労をしながら育ててきた会社を引き継いでもらうのは、他人よりも我が子であるほうが嬉しいという親の心情もありますが、株の引継がスムーズにできること、社員のなかからの登用よりも他の社員からの納得感が得やすいことなどが、その理由として挙げられます。

しかし、実際現場に入ってみると、古参社員との軋轢、先代が採用した社員と後継者が採用した社員の間の考え方の違いなどなど、泥臭い人間関係の中にどっぷり浸かり、疲れ切ってしまう後継者も少なくありません。

しかし、軋轢をマイナスな出来事ととらえるのか前向きに考えるのかにより、結果は全く異なります。前回ご紹介しましたように、まずは後継者が社員の気持ちを理解することが大切です。

 

後継者が組織をまとめるための第一ステップ

トップが交代するという会社の大きな変化を目前にした時、社員は当然不安や期待といった複雑な思いを抱きます。(その理由は前回の記事を参考にしてください。)

「従来のやり方では効率が悪い」とか「もっと営業の仕方を変えなければならない」とか「基本的な制度もないようでは会社といえないから形を整えなければならない」とか、後継者としては、できていないところが目につき、当然しなければならないこととして「現状を変えよう」、「良くしよう」とやっきになることが多くあります。しかし、その時の社員の気持ちはどうでしょうか?先代社長とともにずっと作り上げてきたやり方を否定され、すぐさま別の方法に変えろと言われても、頭でそれが必要と分かっても、行動に移すことは難しいというのが本音です。嫌々やることに成果はついてくるでしょうか?

そこで、後継者がしなければならないこと。それは、社員ひとりひとりと向き合うということです。当然でしょ?と思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、実はひとりひとりと向き合ったことがない後継者の方が多いのも事実です。社員ひとりひとりの家族構成は知っていますか?生年月日は?好きな食べ物、嫌いな食べ物は?後継者の中には、いつも近くにいるのに知らないことが多いことにびっくりされる方もいらっしゃいます。

確かに、自分のことをどう思っているか分からない、社長の息子(娘)だからといっていつも何か見えない距離を感じている社員と向き合うのは、勇気がいります。でも、ひとりひとりと話してみれば、知らなかったことが色々見えてきます。決して単なる「仲良し」になることをお勧めしているわけではありません。媚びるわけでもありません。「私はこう考えていますがあなたはどうですか?」とこれからの会社の方針について語り、合意形成をしていくのです。

これが、後継者が組織をまとめるための第一ステップです。いかがですか?事業承継は創業と違い、既に様々なものが動いていて、一見なんの問題もないように見えます。だからといって、なんとなく過ごしていると、なんとなく時は過ぎ、いつのまにか後継者はいてもいなくても大して影響のない人になってしまいかねません。事業承継を成功させるためには、後継者が主体的に動くことがとても重要なのです。

 

後継者の学校では、このようなテクニックではなく押さえるべきポイントをしっかり理解し、実践に移していただける仕組みがたくさん入っています。

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オリンピック選手にみるモチベーション

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後継者の学校パートナー中小企業診断士の岡部眞明です。

リオデジャネイロオリンピックが終わりました。閉会式の日本のプラグラムは本当に素晴らしく、日本という国の伝統とセンス、サブカルチャーの魅力を如何なく示すものでした。

メダル獲得数も41個と過去最高となりました。もちろん、メダルを獲得できなかった人も含めてこの大きなスポーツ大会に参加したすべての選手の頑張りは無条件に賞賛されるべきもので、その一人ひとりにもたらされた結果に価値の差はありません。

そして、この大会に臨むにあたって、「地獄のような練習」(シンクロナイズド・スイミングチーム)を耐えてきた選手たちのモチベーションの高さは並大抵のものではなかったと思います。

この高い並外れたモチベーションの根源はどこにあったのでしょうか。

試合後の選手のコメントやエピソードから類推することにしましょう。

女子レスリング吉田沙保里選手は、4連覇を逃した後「気持ちで負けてしまった。ずっと恐怖で、重圧はすごくあった」と、霊長類最強女子といわれるくらい強い自分が負ける恐怖を語っています。また、女子200メートル平泳ぎ金籐理絵選手は、前回ロンドンオリンピックの代表選考にまけた悔しさを克服し、「どんな結末になっても今回が最後」と臨んだリオで金メダルに輝きました。

男子水泳で金銀銅のメダルを獲得した萩野公介選手は、去年の骨折で出場できなかった世界選手権でのライバル瀬戸大也選手の活躍を見て「俺は何をやっているんだ」と発奮したといいます。

吉田選手は、負けるという恐怖心から逃れることがトレーニングのモチベーションとなったといえますし、金籐選手は、ロンドンオリンピック選考会落選の悔しさから、萩野選手はライバルの活躍が発奮材料になったのです。

モチベーションが高い人といえば、いつも前向きで元気いっぱいの太陽のような、わが千葉県知事森田健作さんの若い時の(もちろん役の上ですが)のような人をイメージする人が多いかもしれませんが、あんがい、人のやる気って、マイナスの感情から生まれる場合も多いのではないでしょうか。

もちろん、(役の上の)森田健作さんのような人は、何に対しても前向きで、少々の失敗は気にせずに仕事をこなしてくれるでしょう。一方で、失敗することが怖くて、用意周到に仕事に備える人は、堅実に仕事をしてくれます。

森田健作さんと吉田選手たちの共通点は何でしょうか。失敗をしても気にしない人と失敗を恐れる人のモチベーションを考えるうえでの共通点は何でしょうか。それは、前を向いていることだと思います。一方は、成功するという確信に向かって、もう片方は、失敗して悲しむ後ろ向きの自分に背を向けて。

会社組織には、いろいろな人がいます。違った人かいるから組織の力になります。その人毎にモチベーションの形は千差万別です。そして、会社で起こる出来事も、人間関係も千差万別。

そんな人や組織、出来事をまとめ上げるリーダーシップも決まった形はありません。

常に動いている会社をまとめる経営という仕事も、喜んだり、悔しがったりモチベーションを刺激してくれる仕事ですね。

この話が少しでも何かのきっかけになれば幸いです。

後継者の学校
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後継者にまつわる小説あれこれ(その13)

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司法書士の木村貴裕です。

小説は気軽に読めて、でも何か気づきを得たり、力がわいてくることってありますよね。

ほんの少しでも何か感じてもらえそうなものをこれから少しずつ紹介したいと思います。

後継者の学校パートナーブログですので、もちろん後継者や事業承継に関するものを。

 

後継者の学校パートナーで司法書士の木村貴裕です。

私は通勤時間をもっぱら読書にあてております。

地下鉄なので外の景色を眺めても面白くもなんともないという理由もありますが。

 

経営書ではなくあまり肩のこらない小説ばかりなのですが、結構事業承継にからむ話もあります。

後継者や後継者候補の方に何か少しでも感じてもらえるものがあればと思い、今まで読んだ中から、後継者や事業承継に関係するものを何冊か紹介します。

 

今回紹介するのは、

 

「これは経費で落ちません! 経理部の森若さん」青木祐子 著(集英社)

 

タイトル、そして裏表紙に、「営業部のエースが持ち込んだ領収書には「4800円、たこ焼き代。」」とあったので、てっきり池井戸潤著の「不祥事」に登場する花咲舞のような女性が主人公の話かと勘違いしていました。

勝手な予想に反して、大変おとなしく波風を立てるのを嫌う女性でした。

 

主人公の視点を中心に、たまに他の登場人物の視点を交えて、社内の人間模様を描く作品です。

読後、主人公(のような女性?)に会ってみたいと思ったし、その先の物語が気になるというなかなか楽しめる作品でした。

 

が、しかし、どうも納得のいかない部分が多いのです。

 

本意ではありませんが、作品にけちを付けているように受け取られるだろうなぁというのを覚悟の上で申し上げると、

いくつか生じる問題の解決方法に「それで良いのでしょうか、森若さん。」と問いたい気持ちがわき上がってきます。

 

コンプライアンス上問題だ、と大上段にかまえるつもりはありませんが、今回は小さな問題かもしれないが、小さなほころびがやがて大きなほころびになりはしないかと不安になります。

 

「放っておいたら後々大きな問題に発展するかもしれない。ああ、社内のこのたるんだ空気をなんとかしたい。」と。

でもこの思いをストレートにぶつけるとどうなるのでしょうか。

 

実はここで考えたいのは、後継者が第三者的な目で社内を見ると、色々改善したいところが目に付き、それらに着手するも、社員からはどんどん浮いた存在になっていく。

正論を言い、正しい行いをしているはずなのに、皆からはうっとうしがられ疎外感を味わう。

 

そういう経験をされた後継者も少なくないのではないでしょうか。

 

この「将来的に問題になる前になんとかしたい。」という思いは間違っているわけではありません。

会社を少しでも良くしたいという気持ちは大切です。

 

でもそれを行動に移す前に知っておきたいこと、注意しなければならないことがあります。

 

後継者候補、もしくはもう後継社長となっているかもしれませんが、まだ会社に馴染んでいない浮いた存在のままで、ストレートに正論をぶつけても良い反応は返ってこないでしょう。

 

後継者の学校では、後継者や後継者候補のために、人・組織の問題や独自のリーダーシップ論など事業承継に関する幅広い内容のプログラムを用意しています。

 

ご興味のある方は、一度ご連絡下さい。

 

今回紹介した小説は、「風呂ソムリエ 天天コーポレーション入浴剤開発室」という話の続編のようです。

そちらも読んでみようと思います。

 

もしよろしければ、皆様も一度手に取ってみて下さい。

 

この話が少しでも何かのきっかけになれば幸いです。

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歴史に学ぶ後継者経営 真田丸③(真田昌幸)

samurai

私主に日本の歴史から後継者経営に学べる題材をとって、皆さんと一緒に後継者経営を考えて参りたいと思います。今回からは、「真田丸」から題材をとって、真田昌幸の後継者としての成長を見て参りたいと思います。真田丸、お勧めですので見てください。昌幸、信之、信繁それぞれがそれぞれの承継をしていきます。

後継者の学校パートナー、この頃はすっかり「真田丸」ウオッチャーである石橋治朗です。

私は主として日本の歴史から題材をとって、事業承継や後継者経営のありかたを皆さんと考えていきたいと思っています。

 

前々回からの続きで、今年のNHK大河ドラマ「真田丸」を取り上げて、後継者のあり方を考えてみたいと思います。

今回取り上げるのは第6話くらいまでですね。前回からも時間がたってしまい、既にだいぶ昔の話ですので、ご覧になられている方はもう忘れちゃったよ、と思われるかもしれませんが、どうかおつきあいください(汗)。

 

さて、前回は「真田丸」以前の真田家の話、当時真田家が置かれていた環境や歴史について、少し説明させていただきました。今回から、いよいよ「真田丸」での真田昌幸について、お話ししたいと思います。

 

武田家が滅び、真田昌幸は本拠である岩櫃城へ戻って今後の方針を考えます。

 

ただし、真田家は独立した大名ではなく、「国衆」と呼ばれる地方の有力者の一つに過ぎません。信濃の大名は武田家であり、国衆はその武田家に協力する代わりに庇護を受けている、いわば大企業の系列会社のような存在でした。「国人」とも言われたりします。

大名から見ると、国衆は平時には自分の手の届かない地元住民を代わりに治めてくれて、合戦になった時には兵士を連れてきて一緒に戦ってくれる頼もしい存在である一方で、いつ何時敵方にいつ寝返るかもわからない存在でもありました。自分の家臣とは違って、人質を取って警戒する一方で、丁重に扱っていたようです。「真田丸」の中で、武田勝頼が真田昌幸の人質を解放したのは、いかに昌幸が勝頼から信頼され感謝されていたかを示すエピソードです。

 

また国衆にとっては、大名は自分たちを守ってくれる、頼れる存在でした。

それがいなくなってしまったのですから、一大事です。

 

まして、真田家が治めていたのは信濃から上野(今の群馬県)にまたがる地域であり、北は上杉、上野の南には北条、甲斐国(今の山梨県)からは織田が迫ってきていて、元々は武田家の敵方になったり同盟を組んだ相手だったりと、過去のいきさつが複雑な相手ばかりに囲まれています。一方と手を組めば、他の相手を敵に回すことになる。しかも過去のいきさつから考えると、手を組んだ相手が100%信頼できるとはとても言えない。

 

このような困難な「外患」(外からの脅威)に加えて、真田昌幸は「内憂」も抱えています。国衆たちです。

武田家からは、真田家が有力な国衆であると扱われていましたが、それはあくまで武田家内部の話で、当の国衆たちはそのように思っていません。人によって違いはあるものの、真田家を含む北信濃と上野の国衆は皆平等な立場だと認識しています。特に「黙れ、小童!」の室賀正武ですね(笑)もう、古いですが…(汗)

 

従って、昌幸がいろいろな案を出しても、自分の利害やメンツにとらわれて全くまとまりません。

 

また、当の真田昌幸はどうだったのでしょうか。

 

前回申し上げましたとおり、真田昌幸は外様でありながら、武田家のエリートコース、大企業で言うとオーナー一族の親類にもなれるチャンスがありました。そこから兄たちの死や武田家の滅亡によって、一気に中小零細企業のような真田家の当主に「落ちぶれた」わけです。

 

そういう経験をした真田昌幸の意識って、どうでしょうか?想像してみてください。

 

自分や自分の周りの全てが武田家に比べると頼りない存在だなあ~と、思ってしまうのも無理はないですよね。

 

武田一族や家臣たちに比べると、意識も能力も低いのに我欲だけは一人前な国衆たち。

完成前だったが立派だった新府城に比べると、貧弱そのものの岩櫃城。

広大な領土と金山(「真田丸」では触れられていませんが武田家の財力を支えていた)を持っていた武田家に比べて、真田の領土は貧しく兵士も少ない。

そして、自分の危機感をよそにわかりきってることばかり言う長男と脳天気な次男坊。

 

「真田丸」の真田昌幸は、胡桃をもてあそびながら独り苦悩します。

自分が頼ることができるのはなにもない。頼れるのは、武田信玄の薫陶を受けた己の知謀のみ。この知謀でしか、この難局は打開することができない。そう思い込んでいます。

 

でも、果たして本当に、そうなのでしょうか。昌幸は自分の知謀しか頼ることができないのでしょうか。真田家はよるべなき存在なのでしょうか。

 

ところで、皆さんは「キャリア理論」というものをご存じでしょうか。

古い話をしていたのに、突然「キャリア」とかカタカナ用語を持ち出して、ごめんなさい。

でも、この時期の迷っている真田昌幸を考える上で、「キャリア理論」を使うのが非常にぴったりなのです。

「キャリア理論」とは、「キャリア」に関する理論ですね。当たり前か。

「キャリア」とは、皆さんご想像の通り狭い意味では「職歴」「経歴」を意味しますが、本来はもっと広い、人の「人生」について考えるものなのです。仕事も含めて、どうすれば自分の人生を有意義なものにすることができるのか、それをいろいろな人が考えている、非常に奥の深い学問です。決して、大学やハローワークの「就職相談」だけではないのです。

 

その「キャリア理論」で非常に大切な概念として、「自己概念」というものがあるのです。「自己概念」とは、文字通り「自己」に関する「概念」です。これも当たり前か。

非常に簡潔に言ってしまうと、自分や自分に近い人たちは、自分をどのようにとらえているか、考えているのか、ということです。家族をみてみると、親は自分を自分の子供の親と考えているし、子供は自分を親の子供と考えています。これはあまりいい例ではないかもしれません。会社で言うと、新入社員は新入社員としての、課長は課長としての、社長は社長としての自己概念を持っています。

 

自己概念の重要性は、自分をどうとらえているかというそのものよりも、自分をどうとらえるかによってその人の行動に影響を及ぼす、ということにあります。新入社員は新入社員の行動をしますし、課長も社長もそれぞれ課長と社長の行動をします。もしも、ここで新入社員が社長のような、あるいは社長が課長のような行動を取ったらどうなるでしょうか?自分も周りも混乱しますね。自己概念が自分の行動や周囲と一致していると、割と物事は上手くいきますし、不整合を起こしているといろいろなあつれきが起こったり、自分のしたいことがうまくいかなかったりします。

自己概念は、本当はもっと深い概念なのですが、今回はこの辺にしておきますね。

 

さて、この「自己概念」という考え方を真田昌幸に当てはめてみるとどうでしょうか?

 

昌幸は、先ほども述べたとおり真田家を「頼りない、ちからのない“国人”」ととらえています。昌幸の場合不幸なのは、かつて強大な武田家の一族に連なるところまで登り詰めたところから、あれよあれよという間に地方の一豪族の当主にまで身を落としてしまったという意識があるために、余計に真田家を小さい存在だととらえてしまっているのですね。

 

それを示す象徴的なシーンがあります。

 

昌幸は、信之(源三郎)に「わしは海を見たことがない…山育ちだから」と述懐します。そして、「国衆(国人)は、力のある大名にすがるしかないのだ…」と呟きます。

しかしながら、武田家で武藤喜兵衛のときに、昌幸は家康を三方ヶ原の戦いで追い詰めていたはず。三方ヶ原は浜名湖の東側にあり、海はすぐそこです。信之からそれを聞かされた高梨内記も「そんなことはないはず…」といぶかります。

ここで「海」とは、「港」のことなんですね。有力な大名は、交易の拠点となる良港を有していました。武田信玄は、清水港が欲しいがあまりに、同盟を破って今川を攻めたくらいです。

自分は国衆であり、国衆は大名にすがるしかない、という自己概念から、思わずこのような一言が出てしまったのですね。

私も、これを聞いていて思わず膝を打ってしまいました。三谷幸喜、芸が細かい!と。

 

そのような自己概念を持っていると、どうなるでしょうか。昌幸の行動は「国人」という枠に押し込められて、いや自ら押し込めているために、非常に選択肢が少なくなってしまいます。そのような状況では、得意の知謀も飛躍のためのつばさを失ってしまっているも同然です。

 

武田が滅亡し、織田が攻めてきているいま、北の上杉に掛け合うか、北条に頭を下げるか。

 

真田昌幸は、皆の意表をついて、敵方と思われた織田に売り込んで、見事に成功させます。それはよかったのですが、一本気だけれども少々知恵の回らない長男を謀略のだしにつかい、心に傷を負わせてしまいます。得々としている父親を見て、源三郎は情けないとともに不信感を抱きます。昌幸は確かに、知恵は回るけれども、なぜかそれに心から納得することができない思い。なぜなんだろう…

 

織田信長に、真田家を高く売り込んで得意の絶頂にいた昌幸に、しかしながらこれ以上ない天の鉄槌が下ります。

 

本能寺の変!

 

真田昌幸が「知恵」を絞ってこねくりあげたものが、全て粉々に砕け散ります。

 

源三郎と二人になった昌幸は、こともあろうにもてあそんだ長男に対して「俺はどうしたらいいんだ!」とすがります。どの面下げて、とはこのことですが…

でも、ここで徹底的に、心の底から自分の「知恵」に自信を喪ったことが、昌幸が変わってゆくきっかけとなります。

そして、二人の息子たちが、昌幸を変えていくのです。

二人のそれぞれの個性で…

 

変わった真田昌幸は、国衆としてうろうろしていた真田家を、戦国を生き抜いて明治まで続く大名へと変えていきます。

 

ようやく、次回完結編です。

 

ブログを読んで興味をお持ちの方がいらっしゃいましたら、是非後継者の学校の説明会にご参加下さい。

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